「いい人」でいることのコスパの良し悪し

突然ですが、皆さんは「いい人」でしょうか?

これは聞いた話ですが、「いい人でいることはコスパが良い」とある女性は言ったそうです。

たしかに、いい人でいると、他人に好かれますし、無駄に敵を作りません。世知辛い世の中を生きていく上で、コスパの良い処世術だと言えるのかもしれません。

しかし最近では、その「いい人」でいることによって、疲弊している人も出てきているのではないでしょうか。

今回は、いい人でいることのコスパの良し悪しについて書いていきたいと思います。

いい人とは?

まずは、「いい人」の定義について触れておきましょう。

一般的に「いい人」とは、頼み事を断らない人、必ず誘いに応じてくれる人、何を言われても笑顔でいる人などでしょうか。おおよそこんなイメージですよね。

こうした行動が、負荷なく自然にできる範囲であれば問題ありません。ちょっとマズイのは無理をしてまで「いい人」であろうとしている人たちです。

どんなタイプがまずいのか?

その人にとって自然ではないのにいい人であろうとすると、どこかで無理が生じます。

こうした人たちは、日頃の無理がたたって疲れてしまったり、潰れてしまったり、心が折れてしまったりします。

これはコスパが良いとは言えません。

コスパが悪い「いい人」の特徴

では、そんな無理をしてしまうコスパの悪い「いい人」にはどんな特徴があるのでしょうか?3つの視点からまとめてみたいと思います。

何かを犠牲にしている

まずは、何かを犠牲にして「いい人」であろうとしている人たちです。いわゆる自己犠牲です。この何かとは、例えば睡眠時間、余暇時間、食事の時間などです。

睡眠時間を削ってまで、お願いされた仕事に忙殺されたり、休日返上で上司や取引先との飲み会に付き合ったりという行動が挙げられます。

何かを我慢している

先ほどの項目が物理的な面だとしたら、次は気持ちの面です。

何か理不尽なことを言われたとき、言い返したいのを我慢しているとか、罵詈雑言に堪え難い思いをしているのにそれを言えないとか、そうした我慢するシーンがあると精神的な負債がたまっていきます。

いい人であることが目的になってる

そして3つ目は、いい人であることが目的になっているという点です。

断るときに罪悪感が芽生えるので、無理なお願いごとも引き受けてしまったりします。

この場合、テイカーの標的になりやすいです。しかも厄介なことに、自らテイカーに近づいてしまったり、離れられなくなったりします。

2種類のギバー

ご紹介したような「いい人」は他者貢献の意識が強いギバーであると言えます。

しかしここで知っておきたいのは、世の中には2種類のギバーがいるということです。人生に対する満足度の高いギバーと満足度の低いギバーです。

自己犠牲の上に成り立つギバーは、後者だと考えられます。

まずは「断る」ことから

コスパの悪い「いい人」は、自己犠牲ありきで物事を捉えがちですが、まずは自分を満足させることを意識してみてはいかがでしょうか。

具体的には、誘いや頼まれごとを断ってみる、ということです。そしてその時間は自分のために使いましょう。

罪悪感や恐怖心が芽生えるかもしれませんが、もし断ったとしても、おそらく何も起きません。

むしろ断ったことで怒ったり嫌ったりする相手ならば離れたほうがいいです。

まとめ

いい人でいることで疲弊しているのであれば、多少のわがままを自分に許して気楽に生きてみてはいかがでしょうか?

ギバーには2種類いるように、自分の人生を大切にしたうえで、いい人でいることが大事ですよね。

他人に優しくするのもいいですが、もっと自分に優しくしてもいいのではないでしょうか。

それでは、今回も最後までご覧いただきありがとうございました。この記事がどなたかの役に立てば嬉しいです。