映画「パラサイト」は私達に何を伝えたかったのか

みなさんは韓国の映画「パラサイト」を見ましたか?

私は映画館で1回、Netflixで1回の計2回見ました。2回目には、1回目には気づかなかった点も見つかり、新鮮な気持ちで見ることができたのですが、2回見たのにパラサイトという映画が結局私達に何を伝えたかったのかについては、いまいちよくわかっていません。

今回は、パラサイトの感想を書き連ねながら、私自身が受けた印象や込められたメッセージ性を考察していきたいと思います。

パラサイトの構図

まず、パラサイトの構図について見ていきましょう。

構図としては、資本家階級と庶民階級の2つの家族が登場し、庶民階級の家族が資本家階級の家族に詐欺を働き、寄生していくというものになっています。

さらに資本家階級の邸宅に長年寄生していたもう1組の夫婦も登場し、話がこじれていきます。最終的には、寄生していた夫婦と、庶民階級の家族の娘の3人が殺される殺人事件へと発展し、主人公と母親はなんとか助かるものの、父親は資本家の邸宅の地下室を隠れ蓑とし潜伏を余儀なくされます。

主人公は父親を幽閉状態から解放するために、資本家階級へとのし上がることを夢想するところで終了します。

遣る瀬無さの残るバッドエンドで終わる映画ですが、この映画は果たして私たちに何を伝えたかったのでしょうか?

作中で印象づけられる「寄生虫」

作中には、寄生虫として知られる「便所コオロギ」が登場し「寄生」のメッセージを観客に印象付けています。

他にも、庶民階級の家族と、長年寄生していた夫婦は、主人がいない空き家でコソコソと家主のように振る舞う姿が描かれます。

登場人物の母親の言葉にも「あなた(夫)はゴキブリのようにテーブルの下にささーっと隠れるわよ」という発言があります。そして、実際に主人が急遽家に帰ってきて、それまでお酒やおつまみなどを食べたい放題やりたい放題にしていた庶民階級の一家はテーブルの下に身を隠すことになります。

まさしく寄生虫のような行動をとるわけです。作中では、寄生している二家族は人間でありながら、その姿は忠犬のようでもあり、便所コオロギのようでもある、という描かれ方をしています。

資本家と庶民を隔てる境界線

作中で描かれる印象的なこととして、「超えてはいけない一線」があります。

映像を見ていくとわかるのですが、ときおりガラス窓のつなぎ目などの直線を意図的に映しています。ただ映り込んでしまったようにも見えるのですが、これは明確な意図があり、資本家階級と庶民階級を隔てる線として表現していると言われています。

邸宅の中庭で奥様と家政婦が話し合うシーンや、運転手として面接を受けるために主人公の父親が資産家社長のオフィスを訪れた際などで用いられています。

そして庶民は、この見えない線を超えません。とても器用に、線のギリギリには行くけれどもそれを超えることはないのです。

家政婦が解雇されるシーンでは、線を超えています。線を超えてしまった庶民階級の人はもうそこにはいられないということの表れなのでしょう。

上りと下りの印象付け

さらに、階段もこの映画のモチーフの1つです。作中、階段を真横から映す映像が頻繁に使われます。邸宅の中の階段だったり、路地にある階段だったりです。

資本家階級は、その階段を颯爽と登って行く姿が描かれる一方、庶民階級の家族は階段を下っていく印象が強く残ります。

豪雨でキャンプに出かけたはずの資本家階級が急遽帰宅し、邸宅でやりたい放題していた庶民の一家がなんとか人の目をかい潜って脱出するというシーンがあります。土砂降りの雨の中を一家は、ひたすらに走って逃げていきます。

それまで束の間の宴を楽しんでいたのが一転し、父親と主人公と妹はまるで転げ落ちるように階段を下っていきます。これこそ象徴的なシーンだと思います。

また、父親がエレベーターを下るシーンがあります。そのときは1人ですが、階段やスロープを登るシーンでは必ず奥様の後をついていきます。下ることはできるけれど、登るためには資本家の力が必要、という暗喩があるのではないでしょうか。

家族の心配をする資本家階級との対比

個人的に印象的だったのが、家族の心配をする資本家階級と、人の心配をする庶民一家の父親の姿です。

映画を通して、終始資本家の一家は自分たちのことだけを考えていました。自分と自分の家族のことだけを考え、身に危険が及びそうになると追放するというのが彼らのやり方です。

それに対し、庶民である主人公の父親は、自分の身代わりに解雇されてしまった運転手のことを心配します。「なぁ、あの運転手は今やっていけているだろうか」と。

そのとき妹が「お父さん、私たちだけのことを考えてよ」と、酔いの回った状態で叫びます。このシーン、象徴的だなと感じます。同じ人間なのに、置かれた環境が違うとこうも違うのかと考えさせられました。

資本家と庶民という階級がなぜこうも分かれるのか、という根幹をなすメッセージだと思います。

感想。伝えたかったメッセージは?

こうして文章にしてみて、まだまだ書ききれないなと思いました。

パラサイトは息つく暇もないくらい、ほぼすべてのシーン、登場人物、背景に、考えさせられるメッセージが含まれている気がします。考えなくてはいけない点が多すぎるし、どれも印象的に描かれているけれど、判断は観客に委ねられているように感じました。

「さぁ、あなたはこれを見て何を感じましたか?」

これがこの映画のメッセージなのかもしれません。

ストーリーだけ見ると、寄生する家族という世にも奇妙で怖い話を描いた映画ですが、もっと根幹の部分で現代の格差社会に疑問を投げかけていると見ることができます。これだけ色々書いておきながら、月並みな感想になってしまったのが歯がゆいですが、皆さんの感想なども聞けたら嬉しいです。

それでは、今回も最後までご覧いただきありがとうございました。この記事がどなたかの役に立てば嬉しいです。